楽しくないと生きてる甲斐がない でも生きるって楽しい事ばかりじゃいられない クローン病とのお付き合いは早20年! 家庭を捨てて、一人孤独?安気?な日々に幸多かれと・・・
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初めての手術
私がクローン病と診断されたのは1990年春の事

それまでの10年は潰瘍性大腸炎と言われていた。
それだけ大腸の病変が多かったのだろう?
お腹が痛くて食べられない!
日々、立ち眩みがする・酷い貧血状態が続いていた。
薬は飲んでいたが、絶食や栄養剤を貰うというクローン病の基本的治療は受けてなかった。
そんな折、話すこともできない(声が出ない)目が回る・tvを観ていても1人の人が5人位に見えて・・・
当時の主治医に幾ら訴えても、『病気は悪くなってない』と分かって貰えない
仕方なく、「目が回るからメニエールかな?」と眼科に
「脳腫瘍が出来たんだ?」と脳外科に
「もうどうでもいい。おかしくなりそう、精神科に行く!」と
鍼治療・整体・・・
何所に行っても可笑しい人を見るような顔で見られるだけで治らなかった。

とうとう二ヶ月が過ぎた頃、立てばバタバタ倒れる、歩く事も出来なくなり部屋を這いずるのがヤットになった。
(当時まだ離婚前、幼稚園に通う娘がいた)
家に居ても家事も出来ない
諦めて入院したのは最後に「精神科へ」と紹介して貰い行っていた総合病院だった。
色々検査に回される中、出ない声で
「私は潰瘍性大腸炎です」
と訴えた。
その日から点滴に繋がれ絶食の日々が始まった。
三ヶ月間絶食をし、退院の日が来た頃、体は軽く、お腹の痛みも全く消えていた。
私が私でなくなっていた!

ただ、今までは薬を飲むだけ食事療法は全くしてなかったのに対して
これからは栄養剤中心の食生活になると告げられた事
病名がクローン病というのに変わった事
これが大きな変化・・・

今いい様でも、すぐ悪化してしまうのがクローン病
食べてはいけないと言われても、今現在痛くなければツイツイ食べてしまう
当時食べれない病気があるなんて理解してくれる人などいなかった。
会う人、会う人皆に
「食べなきゃ元気になれないよ。もっといい医者に替わったら?」
みたいな事を言われた。

1年が過ぎた頃、大腸カメラをするための検査入院をした。
検査室に入り、腕に注射をされた
横になり、肛門からカメラを入れていく!
そこから私の記憶がない
次に気が付いた時、病室のベットの上にいた。
酸素マスクをされて、何人ものナースが頻繁にやってくる。
明らかに異常事態だった。
「気が付いた」
頭の上でナースの声がした。
何度も何度も脈を取り、血圧を測って行った。
暫くして、レントゲンに行くようにと指示が出た。
体を起こすと腸が飛び出る位痛かった。
のた打ち回る私に、車椅子を用意して迎えに来てくれていた若いナース達も尻込みをしていた。
同じ体勢を取っていればいいのだが、体位を変える度に激しい痛みが襲った。

レントゲンから帰った私の所に病院長がやって来た。
「腸に穴が開いているからすぐに手術をしましょう・・・」と
すぐに個室に交わされ、手術に必要な検査や点滴が始まった。
その場になっても、検査をしてくれた主治医は薬で様子を見たいと言ってきた。
ストレッチャーに乗せられ、5〜6人のナースが付いて手術室へと運んでくれた。
その傍らにナースに押しのけられて佇む先生がいたのはしっかりと覚えている。

長いローカを抜けて手術室に入った。
ストレッチャーから手術台へと移った。
そこにはTVドラマで見る大きなライトの円盤のような物があった。
右手に血圧計を巻かれた。
「横を向いて」
ナースの声がした。
この時脊髄に麻酔の注射をされたのだ。
「はい、上を向いて」
私は緊張の中パッチリと目を見開き、乱れる手術着を必死に直していた。
「眠いでしょ。寝ていいよ」
ナースが優しく額に手を置いたと同時に眠ってしまった。

「圭梨さん起きて」
遠くで男の人の声がした。
「終ったよ。起きて」
「気が付かんなぁ?」
目を開けようにも目が開かない!
口も重くて開かない!
でも私を呼んでるんだと分った時、左手を少し動かしてみた。
手は動いたようですぐに先生が気付いてくれた。
「あっ、気が付いとる。はい、そのまま握ってみて」
先生の指をグッと握り締めた。
「大丈夫、部屋に運ぼう」
頭の上で会話がされ、ストレッチャーに乗せられた。
部屋に運ばれた頃には、また眠りの中だった。
ウトウトと眠る中頻繁にナースが体温を測り、点滴を変えにと来てくれていた。
深夜に麻酔が切れて痛みを感じナースコールを押した。
痛み止めの注射をして貰い、もう一眠りした頃
外も薄明るくなったか?という4時か5時頃と思う。
ドアが開き、カメラ検査をしてくれた医者が一人入っていた。
私の傍まで来て一言
「やっぱり、大腸に穴は空いてました」
そう言って、寝巻きを解いて腹帯の上からだが腹を押さえて行った。
私の手には点滴が繋がれていて、払いのける元気も無く
痛み止めで朦朧とした中、声も出ず
ただただ悔しさに、にらみ付けるだけだった。

これを専門家はどう見るか分らないが、
素人の私はこの時どうして手術したての腹を押さえなければいけないのか?
無性に腹が立って仕方が無かった。

この記事へのコメント
壮絶ですね・・・。私は発症して一年になります。自分の場合、発症の可能性が高いということで、様子見だということで放置されました。その上、今の仕事は2年しか続けられず、再就職も難しいと言われ、精神的に参ってしまいました。
そして、診断されてから3ヶ月後に、別の民間の医師の判断で薬による治療と食事療法が始まりました。始まるまでの間、腹痛と下痢に時々襲われていました。その後、依願退職を決意するのですが、上官の勝手な都合で退職が見送られます。しかも、認識は甘いので、退職させないために病気を疑う始末です。食事は自炊ができない環境なので、食べれる物の種類は少なかったです。精神科にも通い始めました。診断されてからの退職するまでの半年間は、周りの理解がなかったのでかなり辛かったです。
今は、すっかりと調子がいいですが、いつ悪化するんじゃないかと少し不安な日々です。
neeru[URL] 2008/07/16(水) 03:22 [EDIT]

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